皆さまこんにちは。
今回は、現在大ヒット中の映画『ハドソン川の奇跡』(監督 クリント・イーストウッド 主演 トム・ハンクス)から、155人の命を救った『墜落までの208秒間の秘密』を探ろうと思います。機長は、なぜ困難な中で奇跡の英断を下せたのでしょうか?
まずは、事故当日の概要を、時系列で追ってみます。
2009年1月15日 15時25分。乗客150人と乗員5名を乗せたUSエアウェイズ1549便は、NYのラガーディア空港の東滑走路から離陸しました。
天気は晴れ。目的地はノースカロライナ州にあるシャーロット国際空港。機長はベテラン操縦士のチェズレイ・サレンバーガー。副操縦士と客室乗務員も、全員がキャリア20年以上のベテランでした。
そして離陸からわずか95秒後、ドーンという音とともに、左翼の下から火が上がりました。鳥がエンジンに衝突する『バードストライク』です。飛行機は2つのエンジンのうち1つでも動いていれば飛び続けられます。しかし1549便は、乗客乗員155名を乗せたまま、マンハッタンの上空840mで両方のエンジンが失力してしまいました。つまり飛行機は、空から落下する68トンの鉄の塊になったのです。機長ができるのは、たった二つだけ。舵によって方向を変えることと、機種の上げ下げだけでした。
バードストライクが起こって、ハドソン川までに不時着するまでは、たったの208秒。これでさえ短い時間ですが、実際、機長が決断を下すまでに使えた時間は、たった140秒ほど。なぜなら208秒には、川への着陸体制を整える68秒が入っていないからです。140秒という極めて短い時間に、機長は155名の命を左右する決断を迫られたのです。
不時着185秒前。
機長は元の空港に引き返そうと考えます。しかし空港からはもう8km離れており、一度大きく旋回する必要がありました。辿り着けなければ、そこは人口が密集するマンハッタンです。万が一市街地に墜落すれば、9.11のテロを想起させる大惨事になり兼ねません。
不時着147秒前。
旋回を開始し始めると、管制官から「滑走路13に着陸するか?」と連絡が入ります。すると機長は「ハドソン川に降りるかもしれない」と応答します。
管制官は機長の案を何とか止めようとします。飛行機が川に着水するのは余りに無謀な案だったからです。実際、エチオピア空港がハイジャックされた時は海に着水を試みましたが、翼が海面に当たった瞬間機体がバラバラになりました。ジェット機の水上着陸が成功した例は、ほとんどなかったのです。
不時着108秒前。
機長の視界に「テターボロ空港」が見えました。しかしこの時高度は既に350m。距離もラガーディアまで戻るのとほぼ同じだった事もあり、テターボロ空港に行く選択はすぐに取り消します。
不時着68秒前。
管制官に「ハドソン川に降りる」と告げて、音信が途絶えます。
音信が途絶えてからも、機長は冷静でした。着水後すぐに救援に来てもらえるように船着き場の近くに着水場所を設定。機体の着水角度は11度でなければ機体がバラバラになるので、不時着の10秒前から機首を上げ始め、着水時にちょうど11度になるよう調整しました。「フライトの最後の4秒、サイドスティックを引いてさらに機首を上げた」と機長はインタビューで答えています。そして機体は後方から着水し、水面を滑ったのです。
機長はなぜこの英断を下せたのでしょう?それはこの言葉に集約されています。
「私はある信念を持っている。それは、『現実的な楽観主義であるべきだ』という事だ」
機長はベテランとはいえ、今まで水上着陸の訓練を受けた事は一度もありませんでした。あくまで理論として学んだだけだったのです。でも、空軍で何度も死線をさまよいながら学んだことは「絶望的な状況の中でも、決して悲観せず、現実を見る事」だったそうです。
これは、究極のマインドフルな状態ではないかと思います。マインドフルネスとは、「今経験していることをありのままに観察する事。そして心が興奮して暴走するのを許さない事」だからです。ある思考と「共にあって」も、それに「囚われていない」状態を指します(例えば、恐怖を認識していても、恐怖に囚われていない状態)。マインドフルな状態になれると、「自分は何を変えられ(自分の反応)」「何を変えられないか(自分の呼吸など)」の線引きも上手くなります。
一夜にして国民的英雄になった機長でも、エンジンが停止したと分かった直後は「ストレスで視野が狭くなった」とインタビューで答えています。でもすぐに、『状況をありのままに観察し、自分ができる事を行い、余計な感情のスイッチを切る』というモードに切り替えたのでしょう。
墜落が迫る中、機長と副操縦士はマニュアルに沿って行動します。しかし一部、人命の生存確立を上げるために、マニュアルから逸れた行動も機長の独断で行っています。もちろん機長だけでなく、副操縦士、客室乗務員、乗客、救援に当たった民間フェリー会社など、全員の勇気と協力があったからこそ、155人全員が生還しました。
人生最大の選択を、あと2分足らずでしなければならないとしたら、「何を捨て、何を残すべき」なのか。そしてその判断は「現実的な楽観主義に基づいているか?」皆さんも問いかけてみて下さい。
映画では、英雄として祭り上げられた機長の苦悩も描かれます。私たちはサレンバーガー氏の決断から学ぶ事が多くあります。素晴らしい映画なので、ぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。
参照:
『マインドフル・ワーク』NHK出版 デイヴィッド・ゲレス
『アナザーストーリーズ』NHK BS
□■──────────────────────────□■
編集後記:
最近、司馬遼太郎の『峠』を読んでいます。
河井継之助という越後長岡藩の家老の物語です。
新政府軍と旧幕府軍のどちらにも属さず
長岡藩をスイスのような中立国にしようと奔走しました。
経済感覚といい時代の風向きを読む目といい
明治維新前後にはすごい日本人がたくさんいたものです。
コメントをお書きください