ヨーロッパ中世史ファンの皆様!
今回登場するのは、16世紀フランス国王のアンリ2世と
その正妻と妾のバトル。
「女の嫉妬」についてです。
嫉妬はどんな時に生まれやすいのか
ちょっとスケールを大きくして考えてみましょう。
これを読めばあなたの嫉妬なんて、可愛く思えるハズ。
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今回の登場人物はこの3名。
☆アンリ2世(16世紀のフランス国王)
☆カトリーヌ・ド・メディシス(イタリアから嫁いだアンリの正妻)
☆ディアーヌ・ド・ポワチエ(アンリ2世の愛妾)
何がすごいって
このアンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポアチエは
アンリ2世より20才も年上なのです!
しかも、7才ころからアンリ2世は
ずーっとディアーヌにぞっこん。
歴史をひもといてみると、
1525年に、祖国がスペインに破れて王太子フランソワの代わりに
アンリと兄は人質としてスペインに送られます。
その時、別れのキスをしたのがディアーヌでした。
4年後祖国に戻ると、早速ディアーヌを家庭教師につけて
→青年となったアンリ2世と男女の仲になってしまいました。
アンリは既に母親を亡くしていましたから
ディアーヌに理想の母親像を見ていたのかもしれません
しかし結婚できるはずもなく
アンリ2世はイタリアフィレンツェの大資産家
メディチ家から、カトリーヌ・ド・メディシスを正妻に迎えます。
そんな訳で、莫大な持参金とともにカトリーヌは
アンリ2世の元に嫁いだのですが...
そこには既に、ディアーヌに首ったけなアンリ orz
カトリーヌは、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった
"メディチ家の娘"というプライドもへったくれも
ズタズタになってしまいました。
ここで、カトリーヌの嫉妬は爆発する訳です。
(ここがポイント!)
嫉妬は
①自分と同等か、それより劣っている者が優位に立つ
②自分の嫌いな者、軽蔑している者が優位に立つ
③自分と同性の者が優位に立つ
時に、起こりやすいのです。
(参照:『嫉妬の心理学』1993)
今回、カトリーヌの立場に立ってみると
①②③の条件が見事に揃っていて
・20才も年上のババァのくせに(言葉悪くてスミマセンが、おそらくこんな所でしょう)、引っ込んでなさいよ!
・っていうか、私って20才も年上の女より魅力がないの!?
・メディチ家の令嬢である私をソデにするなんて、何考えてるの!?
などなど、すさまじい嫉妬と嫌悪感が
ムクムク湧いてきたと思われます。
(一説によると、アンリとディアーヌの寝室の天井に
穴を開けて覗いていたとかいないとか。。。)
しかも、妬みという感情は
「自分と似たような境遇の人が自分より優位に立った時」
に更に強まります。
この二人、実は親戚関係にもあるのです。
そんなこんなで泥沼になって行くのですが、
この猛烈な嫉妬を受けたディアーヌは
あえてアンリに正妻カトリーヌの寝室に行く様に諭します。
何で〜??
若くて美しい新たな妾を持たれるより
パッとしないカトリーヌと子供をもうけてもらい、
アンリの心を
相変わらず美しい自分につなぎとめておきたかったのです!
コワーーーー!!
*ちなみに、ディアーヌは60才でも30才くらいにしか見えない美貌の持ち主で、その美貌を保つために金を溶かしたものを飲んでいて、その中毒で死にました。
私からすると、このアンリ2世というのが
ほんと立ち回りが下手で、やっちゃいけない事とかする訳です。
例えば
ディアーヌ(妾)に、シュノンソー城という
めちゃくちゃ優雅なお城をあげちゃったりとか
正式な調印書に、自分の名前の横にディアーヌにもサインさせたりとか
とにかく
カトリーヌ(正妻)の嫉妬を煽るような行為ばかりしていたんです。
なので、アンリ2世が死んだ後
カトリーヌの報復が始まります。
まず、シュノンソー城を取り上げ
よっぽど悔しかったのか、ディアーヌのために作られた
庭園のとなりに自分も庭園を作ります。
アンリからもらった宝石も、目録を作っていたとかいないとかで
返上させます。
そして放逐。
この正妻 vs 妾のバトルは、何十年にも渡ってくり広げられました。
その後
ディアーヌを追いやったカトリーヌは政治の実権を握りますが
6000人ものプロテスタントの大量虐殺の黒幕だったのではと
歴史に悪名を残す結果ともなりました。
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昨日、アメブロの質問箱で、
「嫉妬から夫の携帯にある女性の連絡先を全部消させた」
という女性が書き込んでいまして
そんな事しなさんなよ〜、、、
と思いましたが、、、
中世ヨーロッパの女のバトルはそんなもんじゃなかった!
と改めて痛感した今日でした。
嫉妬の感情をどう取り扱えばよいかは
また改めて書きますね〜!
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編集後記:
先週作ったFBページに早速皆様より
たくさん [いいね]を頂きましてありがとうございます!
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コメントをお書きください
Y子 (水曜日, 09 5月 2018 13:11)
歴史は生き残った方によって書かれてしまうので、アンリ2世が結婚した当初はカトリーヌを愛していなかったとしても、愛さないままだった可能性は低かったと思います。
カトリーヌが最後の子供を出産して危篤に陥った時は、医師団が母体の生命を優先して助けていて、これは夫の意思で決められたと判断できるからです。
ただ、カトリーヌの方は、己の子供達が後世の歴史書で自分よりもディアーヌの方を良く書くコトを阻止するべく、ヴァロワ朝を潰しにかかったことが、アンリ2世は醜いカトリーヌを愛さなかったという歴史に繋がったのだと思いました。
醜いために夫から愛してもらえない現実逃避の手段が、誰よりも強い自分だけを永遠に愛する事にあったのかもしれません。
Y子 (水曜日, 23 5月 2018 08:26)
ふと、思ったのは、カトリーヌが夫とディアーヌの情事を覗き見していた有名なエピソードがありますが、ディアーヌの娘二人はカトリーヌの侍女だったので、ひょっとしたらカトリーヌは意趣返しで、ディアーヌの娘達にも母親の情事を覗き見させていたような気がしますね。
女が歳を取れば最後に頼りになるのは、男の愛人ではなくて実の娘なので、カトリーヌの最大の復讐はディアーヌの娘から母親を敬う気持ちを奪うことにあったのではないでしょうか。